Here is a witch's heart

07th Expantion様の「なく頃に」シリーズの考察を行っています。たまにブラウザゲーム「政剣マニフェスティア」についても言及するかもしれません。

Fruition of the golden witch

■1982年 秋

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六軒島 右代宮家の薔薇庭園で紗音と戦人は再会した。
二年ぶりの再会。紗音は微笑みながら戦人に出すお茶を用意する。

「………お久しぶりです。戦人さま。」
「いよぅ!紗音ちゃん久しぶりだったな! 元気にしてたかい?」
「はい、おかげさまで。戦人さまも……お元気そうでなによりです。」
「おう、こっちもおかげさんでな! まあ、俺なんか殺したってそうそう死んだりしないから心配なんか無用なんだけどな!」
「そんなことないです………。この二年間心配したんですよ?
 急に右代宮家のお家から抜けたって聞いたから………。
 事情が事情だからあまり人にも聞けなかったですし………。」
「な、なはははは……。そっか、紗音ちゃんに心配かけちまってたか。ごめんな。
 ……でもありがとな。俺なんかを心配してくれただけでもありがてえぜ。」
 
二年と言う年月を超えても二人の関係は変わらなかった。
談笑を交わしながら少しづつ二人の時間を取り戻していく。
 
「その……どんな事情だったかうかがってもいいですか?」
「んー。そうだな………。心配もかけちまったみたいだし、まあ話しちまってもいいか。
 でもあんまりおもしろい話でもないぜ?」
「戦人さんがお嫌でしたら、無理にお話しいただけなくても………。」
「いや、聞いても面白くねえってだけで俺が話す分には別にかまわねえんだ。
 俺の中ではもう解決したことだからこうして戻ってきたんだしよ。」
「で、では少しだけ聞かせてください。」

紗音がずっと心配していた話題。
自分に声もかけずに姿を消した理由を問いただす。

「おう……、そうだな…俺の母親が死んだって話は聞いているかい?」
「あ、は、はい。ご愁傷さまでした。」
「いや、そんなかしこまらないでくれよ。人間こればっかりはどうしようもねえからさ。
 ………ただよぉ。そんなどうしようもねえことでも…、通さなきゃならねえ義理ってもんはあるじゃねえかよ……。
 親父の奴…カァちゃんが死んで49日もしねえ内に霧江さんと籍を入れやがってよぉ……。
 あ、霧江さんは紗音ちゃん知ってるか?」
「は、はい。去年いらっしゃいました。赤ちゃんを連れて。
 以前からたまにお見掛けすることはありましたが…留弗夫さまの……新しい奥様ですよね。」
「新しい……な。もうお察しだろうけどよお。
 去年赤ちゃんを連れてたってことはそう言うことなんだよ。
 親父の野郎…、カァちゃんがいるのにそれを裏切りやがって………。」
「そ、それはひどいですね。
 ………でも、戻ってこられたってことは仲直りされたのですか?」
「んー………、さすがに仲直りって訳にはまだいかねえけどよ………。
 訳があるのなら仕方ねえなって思えるようにはなったかな………。」
「訳…ですか?」
「ああ、俺が怒っていたのにはさ……義理も通さずに…死ぬのを待ってたかみたいなタイミングで直ぐに籍を入れちまったのが気に入らねえってのがあったんだよ。」
「そこに訳が…あったんですね?」
「ああ………スマデラだよ」

紗音には聞きなれない名前がでる。
とっさにはどんな字を書くのか判断つかなかった。

「え?スマデラ…ですか?」
「ああ、須磨寺。霧江さんの実家だよ。そこが一枚かんでやがったんだ。
 ………霧江さんはさ、その須磨寺の長女で家を継がなきゃならねえ立場だったらしいんだ。
 須磨寺ってのは旧家の名門の家らしくてさ……。
 そんな家の長女が愛人の子どもなんて産んだらどうなる?」
「も、ものすごく体裁が悪いでしょうね。」
「そうなんだよ。どうも須磨寺って家はそういうのをものすごい気にする家らしいんだ。
 なんか俺はよくわからなかったけどお抹茶されるとか言ってたぜ? なんだろうな?お抹茶って。」
「わ…、私にもよくわかりません。大人の世界の言葉でしょうか………?」
「まあ、そんな訳でさ。そんな霧江さんに子供ができちまった訳だよ。
 親父がクズなのはもうどうしようもねえし、俺も許すつもりはねえんだけど。
 産まれてきた赤ちゃんに罪はねえよな………。
 親父はさ…、須磨寺から赤ちゃんを守るために霧江さんと籍を入れたらしいんだ。
 カァちゃんが死んでそのままだったら霧江さんは愛人で、赤ちゃんは妾の子だろ?
 だけど…、親父と霧江さんが結婚すれば………。」
「霧江さんは右代宮家の正妻に……ってことですか?」
「ああ、どうかしている考えだと思うけどよ。妾の子は許せねえが正妻の子ならメンツがたつって話らしいんだよ。
 そのまま妾の子だったら最悪命を狙われていたかも……って話だぜ。」
「じゃあ、留弗夫さまのご入籍は………。」
「ん…、縁寿を守るためって訳だな。
 俺も始めは親父の身勝手な理由だと思ってたから怒っていたけどよ………。
 縁寿を守るためって理由があるなら……、まあ仕方ねえかなってなってさ。
 あ!でも霧江さんとの浮気は別だぜ。こればっかりはカァちゃんを裏切っていたわけだからな。
 ぜってー許さねえし、一生かけて謝らせるぜ。」


戦人は戦人だった。
彼は彼の倫理観で動いていたのだ。
彼らしい理由で彼らしく怒っている。
そう思うと紗音はつい笑ってしまっていた。


「ふふふ。」
「な、なんだよ。何かおかしかったか?」
「いえ、一生許さねえってことは留弗夫さまと一生おつきあいするご覚悟がおありなんだなって思いまして。」
「な、なんだよそれ。………あー、でもそうかな。あんなんでも親父だからな…。これからは向き合っていかないとな………。
 まあ反面教師としてつき合っていくぜ。」
「大丈夫ですか?」
「え?な、なんだ?」
「戦人さん、留弗夫さまにそっくりですよ?」
「え?そ、そんなこたぁねえよ!」
「『一年後に迎えにくるぜ。シーユーアゲイン、ハバナイスディ』」
「ぐはっ!!」
「私、この言葉を信じて戦人さんが迎えに来てくれるって待っていたんですよ?
 この2年間。ずっと。」
「いや…、これはその………。」
「約束………、忘れてました?」
「あー…う……、そのすまねえ。これはその…。その場の勢いと言うか……なんだ………。」
「戦人さんはその場限りの適当な発言のおつもりだったかもしれませんが、私…ほんとにうれしかったんですよ?」
「いやー、その…なんだー。それはー…。」
「うふふ…、冗談ですよ。戦人さん。
 迎えに来てくれたらうれしいなーとは思っていましたが、そこまで本気に考えていません。
 だって、私たちあの頃まだ12歳と10歳だったんですよ?」
「だ、だよなー。」
「約束自体を覚えていてくれないのは残念だったですけどね。」


自分と戦人は変わっていない。
つい2年前に戻ったようで戦人をいじめてしまう。


「ぐ…、だからすまねえって………。
 でもよ。約束だったら覚えているぜ。もう一つの方だ。」
「!!………覚えてらしたんですか?」

「ああ、忘れる訳がねえ。今回この島に来たのは紗音ちゃんに会うことと、『約束』のためだからな。
 まさか、紗音ちゃんこそ『約束』。忘れてねえよな?」


正直に言って覚えていてもらえているとは思っていなかった。
確かに指切りはしたが、そこまで彼の関心を引けているとは思えなかったからだ。
だけど、もしかしたら…そんな思いで準備だけはしていた。


「……はい、もちろん。この2年間。準備をしてまいりました。」
「紗音ちゃんとの約束…『これまで温めてきた自分の推理小説を読んで欲しい』……2年前約束したよな。
 読ませてくれるかい?」

「はい……私の初めて………受け取ってくれますか?」
「ああ、大事に読ませてもらうぜ。」
「じゃあ、ちょっとだけ待っていてください。今持ってきますので。」


二年前の約束。
戦人と紗音の接点。
二人はミステリと言う絆で繋がっていた。
二人の話題は既存のミステリだけに及ばず、自分なら…と言う架空のミステリにも広がっていった。
そんな中で紗音はつぶやいたのだ「自分もミステリを書いてみようかな」と。
元々お話を作るのは好きだった。
ミステリではない夢のようなとりとめのない話を作ったりもしていた。
日頃の生活の中からトリックだってぼんやりとした形ではあるが案はあった。
だから、何気なく。ほんとうに何気なくのつもりでつぶやいたのだ。


そのつぶやきに戦人は食いついた。
「すごい読みたい」「紗音ちゃんなら書ける」「絶対おもしろい」
戦人は背中を押してくれた。
この人が喜んでくれるのならば…そう思い紗音はこの2年をかけて作品を作り上げたのだ。


「はい、では戦人さん。こちらになります。」
「おお…、これが紗音ちゃんの原稿か………。すごいな…、何枚あるんだ?
 タイトルは…『Legend of the golden witch』か………。
 『黄金の魔女の伝説』………タイトルだけで面白そうな予感がビンビンするぜ!
 軽くあらすじだけ聞いておいてもいいか?」

「はい、モデルはこの六軒島と私たちです。
 もう少し大人になった私たちが集まる親族会議。その親族会議に魔女ベアトリーチェから突如送られてきた謎の怪文章とそれをなぞるかのような惨劇。
 戦人さんにはその惨劇に挑んでいただきます。」
「いいねー。すっごい俺好みだぜ!くぅ~。読むのが楽しみだぜ。」

「気に入っていただけたようで恐縮です。でもごめんなさい。ひとつ謝らなければなりません。」
「え?なんだ?ロジックエラーでも起きているのか?」
「いいえ、そう言う訳では。ただ、この作品。この『Legend』だけでは完結していないんです。」
「未完結作品…なのか?」
「いえ、その…書いている内に面白いギミックを思いついてしまいまして…。
 複数の物語があって、その中から真相を見つけ出すって方式を作ってみたんです。」
「なにそれ!すげえじゃん!って、ことはこの『Legend』にはまだ続きがあるってことかよ!」
「はい、そちらがまだ書きあがっていなくて…、それでごめんなさいと………。」
「いやいや、いいぜ。ぜんっぜんいい! リアルタイムで考えながら続きを読んでいけるってことだろ!
 むちゃくちゃ楽しそうじゃねえか!」
「はい、今の執筆ペースなら半年に一本ぐらいかけそうです。今の構想だと問題に4本。後を締めるのに4本って感じで考えてますから…。」
「あと3,4年か…。なげえつきあいになりそうだぜ。」
「はい、気長に待っていただければ」
「ああ、待つぜ。待っちゃうぜ~。
 完結までに俺が謎を解くことができるのか。それとも紗音ちゃんにシャッポを脱ぐのか。勝負だな!」
「ええ、簡単には解かせませんよ。よ~く、読んでくださいね。」
「ああ、第一作目。確かに受け取ったぜ。読んだら感想の手紙を送るよ。」
「ええ、楽しみにお待ちしてます。楽しんでもらえたらうれしいです。」


戦人は喜んでくれた。
よかった。 不安はあったけど、これで再び戦人とミステリで楽しむことができる。
紗音はうれしかった。



■1982年 冬

戦人からの手紙

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『紗音ちゃん元気か?『Legend of the golden witch』 読んでるぜ。
 なんだこれ、すげえな!ぜんっぜんわかんねえ。
 最後の夏妃おばさんなんて誰が殺せるんだ?
 とりあえず、第一の晩の6人の中に犯人がいるんじゃねえかと思ってるんだけどよぉ…。
 わかんねえから繰り返し読んでるけど、読むたびになにかしら新しい発見があっておもしれえな!
 次のエピソードが楽しみだぜ!』


■1983年 夏

戦人からの手紙

『新作送ってくれてサンキューな!
 さっそく読ませてもらってうんうんうなってるぜ。
 赤字システムおもしろいな!これのおかげで推理しやすくなった………と、言いたいところだけど余計に難しくなっちまった気がするぜ………。
 まだ答えはわからないけど、現実の俺は屈服なんてしないからな。
 絶対ベアトリーチェに負けたりなんかしないぜ!』
 
 
■1983年 冬

戦人からの手紙

『この間はお世話さま。楽しかったな!
 直接話して少しはヒントがもらえるかもと思ったけど、そうは問屋が卸さなかったな。
 さすが紗音ちゃんはガードが堅いぜ。
 
 EP3読んだぜ。新しい魔女がすごい謎をぶっこんできやがったな。
 こんなの常識的に考えて不可能じゃねえか………。
 
 って言うと思うか?駄目だぜ。ああ、全然駄目だ。
 常識的に不可能ってことはなんらかの非常識な条件が六軒島にあるってことだ。
 そういったものの伏線がなかったか、今探しながら読んでる。
 俺はこの物語を解くのをあきらめないぜ』


■1984年 夏

戦人からの手紙

『新しいエピソード読んだぜ。
 これで問題編が終わったってことか………。
 たぶん、これで物語を理解するための情報が揃ったってことだよな。
 あっているかどうかわからねえが、いくつか仮説を作ることはできそうだ。
 
 今年の親族会議楽しみにしているぜ』





■1984年 秋

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戦人との作品を通じての交流も2年が経った。
親族会議は数少ない顔を合わせての直接の話し合いの機会。
紗音は自分の胸の鼓動を抑えることができなかった。


「よう!紗音ちゃん。ひさしぶり!」
「おひさしぶりです。戦人さん。」
「あいかわらず元気そうだな。今14…だったか?色っぽくなってきたんじゃねえか?いっひっひ。」
「その物言い留弗夫さまそっくりですよ。順調に親の背中を見てお育ちになられているようですね。」
「ぐ……、そんなに似てたか?」
「はい。そっくりでした。反面教師はどうされましたか?」
「き、気を付けるぜ……。」

「でも、戦人さんも背が伸びましたね。見違えるようです。」
「そうか?まあ、中身の方は育ってねえけどな。あいかわらず昔のままだぜ。」
「ふふふ。本当に変わられてらっしゃらないようですね。なんだか安心しました。」
「ああ、成長しねえってのも困ったもんだけどな。」
「私も似たようなものです。好きなものがずーっと好きなままで………。
 そのことばかり考えているのがとても楽しくて………。
 ほんとうはもっと色んな事に目を向けなくちゃいけないんでしょうけど………。」
「ん?いいんじゃねえか?好きなものが好きで何が悪いんだよ。
 俺なんか2年前に紗音ちゃんのミステリを読ませてもらったけど、変わらず、ずーっと紗音ちゃんのミステリが好きだぜ
 これたぶんもう変わらないんじゃねえかな?」
「ば…戦人さん。…その……面と向かって言われると………その、………照れます。」
「照れることねえじゃないか。それだけすごいものを紗音ちゃんは書いているんだぜ。自信持てよ。」
「だって、そんなこと言ってくれるの戦人さんだけで………。」
「ん?他にもこれを読んだやつがいるのか?」
「いえ、いませんけど。」
「ははは!じゃあ、そんなことを言うのは俺だけに決まってるわな。
 読者満足率100%だ! 統計的に間違いねえな!」
「間違いしかない気がします………。」
「でも、これ俺だけが読んでいるのもったいねえぜ? 誰かに読ませる気はねえのか?」
「最近、朱志香さまに私が物語を書いてるのを気づかれまして………、興味をもたれたらしく読ませてくれとは言われてます。」
「読ませねえのか?」
「その…、やっぱり恥ずかしいです。
 戦人さんならまだミステリの力比べって割り切ることもできるんですが…。
 それに、朱志香さまをモデルにしてしまっている部分もあるし………。」
「気にするなよ! 朱志香はこまけえこと気にしねえよ!
 ミステリとしてだけじゃねえ。紗音ちゃんのこの物語は読み物としても十分おもしろいぜ!
 この俺が保証する!」
「そ、そうですか? じゃ、じゃあ、今度読んでもらおうかな……。」
「おう、俺もこれについて語れる奴が多い方がうれしいからな。
 どんどん読ませようぜ!」
「ど、どんどんはちょっと…。でも考えてみます。」


「それで、戦人さん。どうですかここまで4本のエピソードを読んで。
 戦人さんの青字はできましたか?」
「お、きたな。やっぱりここまでで必要な情報はそろっているんだな?
 はい。ハウダニット、フーダニット、ホワイダニット………答えられるようにそろえたつもりです。」
「ん………、そうなのか………。」
「どうなさいましたか?」
「んー。いくつか仮説を作ってその中でこれだ!って青字は準備してきたんだがな………。
 どうもホワイダニットがうまく説明できねえんだ。
 今回はホワイダニットに関してはリザインだな。」
「………そうですか。でも、ここからもまだ物語は続きますから……。
 その中で見つけていただければ………。」
「そうだな。ちょっと悔しいが、今この時点での青字を紗音ちゃんにぶつけるぜ。
 赤字を満たしつつ提示された状況を全て常識的に再現するのは難しい…。
 って、ことはなにか特殊な状況が舞台には用意されてるんじゃねえかと俺は考えた。
 で、よく読み返してみたんだが………。紗音ちゃんと嘉音君は同時に俺の前に姿をみせたことがねえんだな。
 つまりこれで紗音ちゃんと嘉音君の同一人物説を疑うことができる!
 後は各エピソードで共犯を作って口裏合わせをしてもらえば赤字を満たすことができるぜ!」

「………なるほど。犯人は私。ですか。
 さすがです。戦人さん。エピソード4つでそこまで読まれるとは思いませんでした。」
「ん、この説に対して赤字はないのか?違っているのならここでばっさり斬ってくれていいんだぜ?」
「違っているとも違っていないとも言えません。この先を読んで見てください。
 戦人さんの推理が合っているかどうかはそこで………。
 ちゃんとホワイダニットもわかるように書いてあります。
 赤字…ですか?ないですね。 ………今は。」
「ん、気になるな………。
 まあいいぜ。この続き。しっかり読ませてもらうよ。」

「ええ、ゆっくりお楽しみください。」

戦人以外の人に物語を読ませる。
そんなことは考えたこともなかった。

戦人はミステリ好きだが朱志香はそもそも読書の習慣自体があまりない。
笑われたりしないだろうか。
不安と期待に胸を膨らませながら紗音は朱志香の部屋の戸を叩いた………。


■1986年 秋

初めて戦人に原稿を渡してから4年が経った。
あいかわらず戦人は面白いと言って感想を送ってくれる。
そして先日、紗音は物語の完結ともいえる作品を戦人に送っていた。
今日は親族会議。戦人はどんな反応を示すだろうか。
紗音は緊張の色を隠せなかった。


天気がいいので紗音は海辺にお茶の用意をする。
潮風がとても気持ちがいい日だ。
幸運なことにここ数日は天気がいいと聞いている。
きっと素晴らしい集まりになるだろう。

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「よう!戦人!! ひっさしぶりだなぁ!」
「よう!朱志香も元気そうだな。ずいぶん明るいけど受験の方は…ぐふっ!」
「おいおい。お前まで会うなりそんな辛気臭い話するのかよ。」
「脇腹はやめろ…脇腹は……。いってぇな………。」
「およ?深いところに入っちまったか?わりいわりい。」
「悪いで済ますなよな…。いってぇ…。」
「だから悪いって。軽い冗談だからよ。勘弁してくれよー。」
「戦人さん。朱志香さま、だいぶストレスをためていられてるみたいなんです。
 許して差し上げてください。」
「ったく…。しょうがねえなぁ……。」
「悪い悪い。最近楽しみらしい楽しみが少なくてさ。
 今日だって楽しみにしてたら、つい…な。はしゃいじまった。」

「やれやれだぜ…。まあ、俺も似たようなもんだから気持ちはわかるぜ。」
「お互い受験はつらいなー。」
「まあ、受験勉強より息抜きの方が気合はいっちまうけどな。」
「ははは。わかるぜー。私なんかさー。母さんに娯楽のもの全部とりあげられちまってさー。
 今、読めるものっていったら隠し持ってる紗音の小説しかないんだぜー。」
「うへぇ。それはすごいな。」
「それも見つかったら取り上げられかねないから辞書のカバーの中に隠してるんだぜ?」
「中学生のエロ本かよ。」
「私は戦人みたいに頭よくねえから推理なんてできないけどさあ。
 紗音の小説は読んでるだけでもおもしろいよな。」
「ああ、まったくだ!」
「お…、お嬢様…、は、恥ずかしいです。」
「恥ずかしがることないぜー。事実なんだからよー。
 それにしても終わっちまったのは残念だなー。
 これで受験勉強にも精をださなきゃってことかぁ。」
「………そうだな。完結……。」
「最後が『confession of the golden witch』…魔女の告白か。
 最後が魔女の独白で終わるってものわかりやすくてよかったぜ。
 私は考えるのが苦手だからさ。ああやってはっきりさせてくれた方がいい。」
「………………。」
「………………………。」
「ん? どうした?二人とも?
 それにしても犯人が紗音で動機が右代宮家への復讐とはね。
 ………紗音。あれフィクションだよな?うちに恨みなんかないよな。」
「ふふふ、お嬢様。恨みなんてある訳ないじゃないですか。
 お屋敷の方々にはいつもお世話になってますよ。」
「そうか?『confession』がなんか真にせまっていたから心配しちまったぜ。」
「………………。」
「……戦人さん? どうかしましたか?」
「………………。」
「どうしたー?戦人。 お前の推理。問題編の時点でほとんど当ててたんだろ?
 なにか気に食わない事でもあんのか。」
「戦人……さん?」
「………駄目だぜ。ああ、駄目だ。」
「え?」
「あんなもんじゃ終われねえ………。
 あんな結末じゃ納得できねえ!」
「ば…戦人? な、なに言ってんだよ!」
「………戦人さん。」
「すまねえ。紗音ちゃん。
 決して紗音ちゃんの作品をけなしている訳じゃねえんだ。
 むしろ、あれは素晴らしい作品だった。
 だから……どうしても聞きたい。確認するぜ。
 紗音ちゃんに復唱要求だ【『confession』の内容は事実である。】
 これを赤字であると言えるか!」
 
「戦人!何言ってるんだよ! 自分の好きな作品が思うような結末じゃなかったからってそんなの最低だぜ!」
「………戦人さま。復唱をお返しいたいます。
 【『confession』の内容は事実である】
 私は魔女じゃありませんので言葉に色を付けることはできませんが、信じていただければよろしいかと思います。」

「真実……。真実なのか?」
「戦人。うぜーぜ。書いた本人が言ってるんだ。何に不満があるかしらねえが。結末を受け入れろよ。」
「………違う。違うんだ。
 見間違えるな………。ベアトの……ゲームを……。
 ベアトの………心を。」

「………戦人さん。あなたのお考えをお聞かせください。」
「すまねえな。紗音ちゃん不愉快にしちまうかもしれねえ。
 でもな…。俺は紗音ちゃんが書いてくれたこの物語が好きだ!
 そしてそこに出てきたベアトってやつもな!
 だから、ここだけははっきりさせてえ!
 中途半端なままで終わるのは嫌なんだ!!」

「ど…、どういうことだよ。結末はもう読んだんだろ?」
「合わねえ。合わねえんだよ。ベアトの気持ちと『confession』で語られた動機がよ!!」
「……………。」
「ベアトはよお……。いつも俺につき合ってくれていたんだ。
 俺が謎を解けるように……!俺がくじけないように……!
 ちょっとずれたところもあったけどよぉ…。
 あんないいやついねえよ!そんな奴の動機が復讐や失恋なんて……俺…、納得いかねえんだよ。」
「ははは…、戦人…お前けっこう感情移入が激しいタイプなんだな…。
 でも、そういう物語なんだからよぉ…。」
「………………。」
「………紗音ちゃん。しつこいようだけどもう一度聞くぜ。
 ………【この物語には解が複数ある】」
「………復唱拒否です。
 ………戦人さん。あなたは今、感情と主観だけでお話しされています。
 あなたがおっしゃっている複数解。それを示すことはできるのですか?
 できなければただのワガママです。」
「ぐ…そうだな………。確かに今のままじゃ俺のワガママでしかねえ。
 ………いいぜ。並び立つ真実をぶち上げてやる!!
 

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 俺は『confession』を否定する! 物語の結末を否定する!
 『confession』で語られた動機は大本を辿れば爺さんの過ちによるものだ。
 この過ちを否定してこの物語の結末をなかったことにしてやる!」
「はあ? そんなことできるのかよ?!」

「………ありうる。…と思うぜ。
 EP3で楼座おばさんが九羽鳥庵のベアトリーチェと会っただろ?
 あれを思い出してみろよ。
 あのベアトリーチェの爺さんに対する反応がよぉ…。自分を襲った相手に対するものだと思うか?」

「ん…?そうか?」
「楼座おばさんがベアトリーチェに右代宮と名乗った時、ベアトリーチェは金蔵爺さんの関係者に『興味』を抱いていたよな?
 もしベアトリーチェが爺さんに拒否感を抱いていたのなら、あそこは『警戒』するのが普通じゃねえのか?
 だけどベアトリーチェは楼座おばさんに対して茶を勧め、話し相手になるよう求めた………。
 この時点で爺さんはベアトリーチェに対する過ちとやらはしでかしていなかったんじゃねえか?
 
 それだけじゃねえぞ。そのあとのセリフにもある。
 『もう、紅茶もいらぬ。ドレスもいらぬ。金蔵とも二度と会わぬ。』ってな。
 文脈を読めば紅茶もドレスもベアトの好きなものだ。『金蔵』はそれに並べられているんだぞ?
 ベアトリーチェは金蔵を自分の好きなものとして扱っている!
 これが自分を犯した相手に対する態度か?」

「そ…、それはあれだよ。
 自分達がした行為がなんなのかわかってなかったのかもしれないぜ?
 なにせ動物園や水族館もわかんなかったぐらいだからな。
 アレな知識がなければ、ただの「きもちーことされた」ぐらいですむかもしれねえしな…。」
「無知ックスかよ。エロいな!」
「なんだよ。無知ックスって!変な言葉作るなよ!」
 
「いいだろう。ならもっと掘り下げてやる。
 そもそも、金蔵がベアトリーチェを犯したってのはウィルの推理でしかねえ。
 実際にあったことを示す証言があったわけじゃねえんだ。
 この推理に別の解釈ができることを示す!」
「えー?登場人物の推理が間違えるなんてことあるのかよ?!
「間違えだとは言わねえよ。理屈ではあってるんだからな。
 だから俺は聞いたんだ。『複数解があるんじゃないか』ってな。
 紗音ちゃんは肯定も否定もしていねえ。
 そうだろ?紗音ちゃん!」
「………そうですね。肯定も否定も今はいたしません。
 戦人さんのお考えに興味があります。」
「でも、別の解釈ってなんだ?そんなもんあるのか?」
「あるさ。ウィルの推理には足りねえパーツがある。」
「足りない?」
「ああ、考慮に入っていないもんがある。
 ……婆さんだよ。婆さんのことが抜けてるんだ。」
「婆ちゃん?この話になにか関係あるか?」
「あるさ。大ありだ。
 ずっと言われていただろ?爺さんは婆さんからベアトリーチェの存在を隠していたって。
 そんな爺さんが婆さんの生きている内にあからさまな隠し子を連れてくるか?」
「ん?どゆこと?」
「どういうことも何もそのままだよ。19年前の赤ん坊だ。
 おかしいだろ。浮気を疑われています。そんなところに身元の分からない赤ん坊を連れてきて育てさせます。
 どうやって婆さんに説明するんだよ。
 それだけじゃねえ。なんで赤ん坊だけなんだよ。
 母親は軟禁状態のままか?母親も連れてきて右代宮家に迎え入れてやれよ。」
「え?…え? あ、そうなる…のか?
 いや、ほら、親は余計なことをしゃべられるかもとか。」
「お前の中の爺さんどれだけ身勝手なんだよ。
 そんなに難しく考えることねえだろ。
 ウィルの推理はさ…おかしいんだよ。時系列が。
 19年前の赤ん坊が九羽鳥庵のベアトリーチェの子どもと考えるから時系列がめちゃくちゃになっちまう。」
「えーと……時系列…ウィルの考えだと………当然九羽鳥庵のベアトリーチェが死ぬ前に子供を産んでいるよな…。」
「経産婦だな。」
「経産婦言うな。
 そうすっと、基本的に赤ん坊を預けてその後に九羽鳥庵のベアトリーチェが死亡だよな。
 まあ、産後ってどれぐらいで動けるんだ?産後の回復ってのがよくわかんないけど、赤ん坊を産んでから1,2か月程度でベアトリーチェが死亡。その後に婆ちゃんが死んで赤ん坊が預けられたってパターンもギリありか?」
「ほんの数か月の間に3人も死んでいることになるな。あり得ると言えばあり得るがタイミング的に無理がねえか?
 ベアトリーチェが死亡した時に婆さんが生きているのは確定だ。これは楼座おばさんが証言してくれている。
 あとは子供が預けられたのが婆さんが生きていた時か死んでいた時かってことだ。
 それも爺さんは婆さんにベアトリーチェのことを隠していたってことを考えれば生きている時にはできないと考えた方が自然だろ? そうすると夏妃おばさんに子供が預けられたのはベアトリーチェが死んでからってことになる。
 タイミングがよっぽどあえば可能なのかもしれないが、赤ん坊は九羽鳥庵のベアトリーチェの子どもじゃないと考えた方が自然だろ?」
「まてよ…、じゃあそしたら19年前の赤ん坊はだれの子どもだってことになるだろ………。」
「………考えられるのはベアトリーチェの血縁だ。
 最愛のベアトリーチェが死んだ。その子供も死んでしまった。
 そうしたら爺さんはベアトリーチェから託された金塊をどうしようと考えるだろうな。
 自分の物にしたままか?それとも返そうと考えるか?
 返そうとするのなら誰に返す?
 ベアトリーチェの血縁者だろ?」
「あ………!」
「19年前の赤ん坊はよ。九羽鳥庵のベアトリーチェの子どもじゃねえと思うぜ。
 あれは初代ベアトリーチェの血縁の子どもだ。
 例えば姪や甥の子ども。
 もっとストレートに考えるならイタリアに居た頃にベアトリーチェが産んだ子供がいて、その子孫だったとしてもおかしくはねえ。 ウィルの推理と強引さはどっちもどっちだとは思うが、楼座おばさんと九羽鳥庵のベアトの会話や婆さんのことをを考えると俺にはこっちの方がよっぽど整合性がとれていると思うぜ。
 それに19年前の赤ん坊の後に連れてこられた子供もいるだろ?
 あれ、歳を3年ごまかした19年前の赤ん坊って設定だけど、それもウィルたちの推理でしかねえからな?
 実際に3歳も歳をごまかしていたと言う事実は確認されていないからな?」
「紗音……?今何歳?」
「この物語はフィクションです!」
「そう考えると作中で爺さんが福音の家を作った理由も、ベアトリーチェの子孫を連れてきやすくするためだったって理由があるかもしれねえな。
 伏線一つ回収だ。」
「うーん………これは……アリ…なのか?」
「金蔵爺さんは九羽鳥庵のベアトリーチェと子供なんか作ってねえよ。
 爺さんの罪は九羽鳥庵のベアトリーチェをきちんと個人として認めてやれなかったことだ。
 そして悲しませたまま死なせちまったことだ。
 作中の爺さんの嘆きはよ。恋人を失くして悲しんでいる男の嘆きじゃねえ。
 子供を失くし妻と子に謝る父親の慟哭だと俺は思うぜ。
 それが証拠に爺さんは碑文を解いた紗音ちゃんに自分を『お父様』と呼ばせてるんだ。『金蔵』ではなく『お父様』だ。
 これだけでも爺さんが何に後悔して何を取り戻したかったかわかるだろう?
 俺は爺さんの心をそう読むぜ。」


「………紗音ちゃん。改めて俺の青字をぶつけさせてもらうぜ!
 九羽鳥庵のベアトリーチェは爺さんと肉体関係を持っていない!もちろん子供も産んでいない!
 故に紗音ちゃんが金蔵爺さんの子どもとする『confession』は偽書作家に想像されて書かれたものだ!
 偽書ならその物語の中では真実と言えるからな!

 紗音ちゃんは犯人じゃない!ベアトリーチェも恨みなんかでゲームを作ってない!
 これが…これが俺にとっての物語の真実だあっ!!」


紗音は戦人に返事をしない。
伏せていた紗音の目から涙が落ちる。


「しゃ…紗音?」
「紗音ちゃん…? ちょ…、すまねえ。自分の気持ちばかり優先しすぎちまったか?
 勝手言ってごめんな?」

「ちがうんです。ちがうんです……ごめんなさい。気持ちの整理が………つかなくて………
 私……涙………止まらなくて………私………

 私………うれしいんです。」

「うれしい?」

「はい………、私………この物語を……ベアトリーチェを書くときに一生懸命考えました。
 どうしたら戦人さんに好いてもらえるか。どんなキャラにしたら戦人さんに気に入ってもらえるか……。」
「お、おう。紗音ちゃんが書いたベアトリーチェは最高だぜ。
 今まで読んだ小説のどんなキャラクターよりもな。」

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「…ありがとうございます。
 だから…うれしい。
 私がどんなにひどい結末を見せても………戦人さんがベアトリーチェを最後まで信じてくれて………。
 戦人さんが……ベアト愛してくれて………。
 私………書いた物語が人に伝わることがこんなにうれしいことだなんて………思いませんでした。
 
 戦人さん……ベアトを愛してくれてありがとうございます………。
 ベアトをかばってくれて………ありがとう………。」
 
「って…ことは………。」
「はい、すぐに言わなくて申し訳ありません。
 私は確かにこの物語に複数解を用意していました。
 でも『confession』の答えが出ればそれで十分だと思っていたんです。
 作中で語られたことと別の角度から見れば見える答え………。
 作中の登場人物を信じることで見える答え………。
 愛がなければ視えない答え………それが戦人さんが導かれた答えです。
 おめでとうございます。…あなたの勝ちです。」
 
「なんだそりゃ。 犯人捜しなんて普通人を疑うもんだぜ。
 信じなきゃ出てこない答えって………。」

「ですから、まあ、裏答えみたいな?
 ちゃんとした答えとしては『confession』であってますよ。」
「裏なんてとんでもねえぜ。
 紗音ちゃんが犯人の答えも、そうじゃない答えもどちらも紗音ちゃんが作った素晴らしいミステリの答えだ。
 どっちもおもしろかったぜ。」
 
「ありがとうございます。
 書いてよかった………読んでもらえてよかった…。
 ほんとうにそう思います。」
「こちらこそ、素晴らしい作品をありがとう。
 読ませてもらったこの数年。すっげえ楽しかったぜ!」

「なあ………盛り上がっているところ悪いんだが…。
 ちょっと気になるんだけどよ。
 紗音が犯人じゃなかったら結局誰が犯人なんだ?
 トリックだって紗音が犯人じゃないんだったら全部台無しだろ?
 まさか、別にトリックがあるのか?」

「いっひっひ! 教えてやんねえ!」
「あ、なんだよそれ! 戦人わかってんのか? 気になるじゃねえか!」
「教えてもいいけどよ。
 せっかく新しい見方ができるようになったんだぜ。
 考えてみろよ。楽しいぜ?」
「しゃのーん。」
「わ、私としても考えてもらえた方が楽しいかと。」
「そんなぁ!私こういうの苦手なんだよー。」
「苦手なものが楽しくないなんて決まった訳じゃないんだぜ。
 もう朱志香は物語の別の見方を知ってるんだから必ず解けるはずだぜ。
 よく物語を見てみな。
 なんでこのキャラクターがこんなことをするんだって部分が必ずあるはずだぜ。」
「お、それはヒントか?」
「さあな。自分で考えな。」
「なんだよー。意地がわりぃなぁ。」
「ははは!まだまだ楽しめるんだからいいじゃねえか!」

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………よかった。
私の目の前の二人は私が書いた小説であんなに楽しそうにしてくれている。
私は知らなかった。自分の書いたものが人を楽しませることがこんなに胸をドキドキさせるなんて。
自分の書いたことがきちんと人に伝わることがこんなにもうれしいだなんて。


こんな感動今まで知らなかった。
もっと書きたい。
色んな事を書いて色んな人に読んでもらいたい。


さしあたって二人に読んでもらったこの物語に手を加えよう。
もっとお話しを楽しめるように恋愛要素を入れたり、ミステリとファンタジーの対立をもっと掘り下げたり………。
きっともっと面白いものを書けるはず………。

そう言えばシリーズを通したタイトルをつけていなかったな………。
私の作品がみなさんに届くように………羽ばたいていけるようなタイトルがいい…。

遠くから声が聞こえる。うみねこのなく声が………。
そう………「うみねこのなく頃に」………タイトルはそうしよう。


(了)