Here is a witch's heart

07th Expantion様の「なく頃に」シリーズの考察を行っています。たまにブラウザゲーム「政剣マニフェスティア」についても言及するかもしれません。

クレル救済策

昨日ぽっと出てきた考察。

10年考察続けてきても未だに新しい考察が出てくることに少し驚いています。

 

EP7で真相を告白する役としてクレルが出てきます。

クレアは六軒島の過去の住人「ヤス」について舞台で語ります。

 

私はこの「ヤス」=「クレル」とするのに違和感を覚えていたのですが、昨日ようやく言語化することができました。

「クレル」とは「ヤス」と言う過去の事実にベルンの「印象」が加わっているキャラクターなのではないかと。

特に、縁寿と理音が劇場に囚われて以降のクレルの発言の整合性が怪しいのです。

 

ウィルとの舞台での告白ではヤスは碑文を解き金蔵が父親であると告げられるも非常に穏やかでいます。

このヤスが縁寿との舞台では一族皆殺しを計画し、実行するわけです。

落差すげーな。

一応理由としては戦人への感情が挙げられていますが、正直この落差を埋められるものでしょうか。

殺す対象に父母と慕っていた源治・熊沢も含まれているのです。

ヤスにとって 戦人へ執着>源治・熊沢 だった?

 

ボトルメールが流されたのは「事実」です。

この「事実」の理由はだれにもわかりません。

それをベルンの「印象」によって解釈した結果が右代宮家皆殺しになるのではないでしょうか。

 

劇中ではボトルメールが一族皆殺しの計画書のようにほのめかされていますが、

それはおかしいです。

一族皆殺しを行うにあたって「初手」はクレルの手にあります。

計画書を作るのであれば、様々な初手をもつ全然別の物語を書くのは無駄。

確実性の高い「初手」からその分岐を想定するのが計画書としてはふさわしいはず。

 

つまり、ボトルメールが殺人計画書であるというのはベルンの「印象」による解釈であり、ボトルメールには別の理由があるはずです。

 

ウィルに斬られる前のクレルが語ったヤス像からボトルメールの理由を想像します。

 

語られた事実から

・戦人とのつながりはミステリ談義だった

・ヤスは自分の身の回りのことを想像に取り込むことが得意だった

 

これらから、

・ヤスは戦人に読ませるために自作のミステリを創作した。

・その際に悪食島の悪霊のお話をモデルに死者蘇生のトリックを考案した。

・トリックの応用性の高さから複数の物語を創作した。

・複数の物語を成立させるために所定の時間に黄金郷が現れてループすると言う仕組みを考案した

 

これがベアトの黄金のゲーム盤になります。

ボトルメールは戦人に見せるために書いたものですが、叶わなかったため、せめて誰かに見てもらえればと海に流されました。

 

ところが、ヤスとボトルメールにとって不幸なことが起こります。

ボトルメールと同じ状況で六軒島での爆発事故が起きてしまい、六軒島は猫箱状態になってしまいました。

これにより、ボトルメールの内容が真実である可能性が生まれ、ただの創作物でなくなってしまいました。

これがヤスにとっての不幸。

また、戦人が爆発事故とボトルメールを関連して考えてしまったために、ゲームであることを理解していませんでした。

このためEP2,3の殺人描写を見て戦人がゲーム放棄。

ベアトは戦人が約束を覚えていないことに気づいてしまいました。

これがゲーム盤としてのボトルメール…と言うかゲームマスターとしてのベアトの不幸。

始めにこれはゲームですよ。約束覚えていますか?と聞いていればこんなグダグダにならないで初代ベアトと楽しくゲームしてたんでしょうにね。

ディスコミュニケーション

 

以上がベルンの「印象」による解釈に対する私の「印象」による解釈です。

 

真実は後から出た真実によって上書きされる。

私がベルンの印象に対する別の印象を出すことによってあまりにも救われないクレルの結末が変えられるのではないかと考えています。

これが私なりのクレルの救済策です。

 

もし、ボトルメールのトリックに死体行動説が成り立つことを立証できれば、それでボトルメールが犯行計画書であったことを否定することができます。

だって、死体が動くことなんて現実にはありえないんですから。

ボトルメールは劇中劇、フィクションです。

ありえないことを織り込んだ計画書なんて存在しません。

 

これから死体行動説を立証し、クレルの結末を変えていきたいと思います。